神様の御心の御前に一切を捨てられる者は、絶対に幸いです。人間には二通りあり、肉体を主とする動物人間の考えならば、不足、不安、滅びがあり、神さま、神さまと申しても、無理のきかない時もあります。
一方、神様の分け御霊の心なら、永久不滅、壊れない行き詰まらない、不幸も苦しみも無いのです。折角信仰させて頂くのならば、天地人の理に則り、心を向上させて、この徳を頂かねばなりません。
この世には、肉体も物も永久不滅でなく、必ず滅びるように出来ています。物が滅びた、肉体が滅びたからとて、神を恨み、人を恨み、嘆き苦しむのは、本当の神の道を知らないからなのです。
人間は天寿を全うし喜んで往生出来るようでなければ本当ではありません。又臍天 で寝て楽隠居みたいなのは幸せではありません。年に応じて、その日の仕事、その日の勤めをするのが、義務であり幸せです。いくらお金があっても、無用とされる人は生き地獄です。感謝と喜びと足りるを知る人には、次第次第と向上している事になります。
普通人間の五感より一段上の六感七感の所は、俺は偉くなった、俺は付いている、と人間の自惚れで、どかっと心がどん底に落ちてしまいます。
それは、慢心という因縁法則で、一度落ちてしまうと、中々神様よりお許しが貰えません。
人間世界では、やった事が無駄になったら、棒に振ったともうします。
神様のお嫌いな事、人間の嫌がる事、社会に迷惑な事を知らずにやっても、棒の罪になり、棒役を勤める事となります。
棒役とは、橋の下で水に叩かれる、流水に叩かれる、又川の淵に逆様にぶち込まれる木もあります。
用を果たして、棒の魂は、何辺となくさらされて、神様の御心に帰れたら、人間の世界にやっと生まれ帰る事が出来るのです。
真に信仰する者は、代々長者が続き、円満も物質も備わって天寿を全うする事が出来ます。
新しい年を迎えるに当たり、新年も良き年になります様に祈念して、これからも神、先祖、人の道に励みたいと思っています。
◆年始祭のお知らせ
| 場所 | 西宮高座山大祖教本部教会 |
|---|---|
| 日時 | 平成二十二年一月一日午前十一時より |