「ワラシベ長者」という古い物語があります。
ある男は、生きてきて碌な事がない。親とは,早く死に別れ,財産も無くあまりに悪いことばかりなので、当時人々のお参りの多い霊験あらたかな観音様にお参りして何もお籠りをして祈ったら、満願の日に観音様が夢枕に立たれておっしゃった。
「お前に不幸なことが多いのは、お前が前世に犯した罪の報いで、今後も良いことはなく悪いことのみ起こったはずである。これは犯した罪の当然の報いの因果法によるが、観音の功徳により幸せをやろう。このお堂を出て一番に手につかんだ物を離さずに持っていなさい。」
男は御寺を出た後、転んだ拍子につかんだアブを、ワラシベにくくりつけて持って歩いていたら、向こうから立派な牛車に乗った子供がそれを欲しがって泣いたのであげたら、千年前にはとても貴重だったミカンをくれたので、更に歩いて行くと、喉が渇いて苦しんでいる女の人に頼まれてミカンを上げるとれいお礼に立派な織物をもらい、次は立派な馬が倒れていて、「どうせこの馬は死ぬだろうから殺して皮を剥いでしまおう。」と飼い主が言うのを聞いて哀れに思い、織物と引き換えに貰い受け、観音様にお助けくださいと祈ると、馬は元気になって立ち上がり、その馬を引いていくと、「引っ越すので田畑のいっぱい付いた立派な屋敷とその名馬を交換してほしい。」と言う人が出てきたので、交換して得た邸に住んでさらに富み栄えて長者になったというお話です。
牛車に乗った泣き叫ぶ子も、喉の渇きに苦しむ女の人も、倒れていた名馬も、男が気の毒に思って自分の持っていた物を与え慈悲をかけて助けようとしたその結果、普通では考えられないほどの格段に値打ちのある物を手に入れられたのです。
もしこの男が、「一番始めに手につかんだ物を離さずに持っていなさい。」と言われた通りずっとワラに括りつけたアブを持ち続けていたなら、女の人にこんな高価なミカンをやれるか、どこかで売るわいと断っていたら、ミカンには高級織物の値打ちは無かったし、織物の値打ちは馬一頭と引き換えてもらえるものではない。
すべては、この男が、人様にかけた慈悲、愛情がこの話の核をなしています。ひとつには観音様から試されていたとも言えますし、「この不幸続きは前世の報いの因果法である」と観音様がおっしゃったその因果法すら、愛や慈悲というもので解くことができる、罪の許しを頂けるというのが、この古い物語の根本であると思います。
◆春期霊光祭のお知らせ
| 場所 | 西宮高座山本部教会 |
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| 日時 | 平成二十年三月二十日午後一時より |